スピリチャルに生きるって、どんなこと?
お祈りをする?
神社やパワースポットに行くこと?
ヒーリングをすること?
見えないものを視ること?
感謝すること?
そのどれも、その一部でありますね。
でも、お祈りしているからスピリチャルに生きている??というのも、なんだかしっくり来ません。
先日、スピリチャル心理学講座のティーチャークラスの演習をしたとき。それぞれの「スピリチャル」と「心」の関係性について、ご自身の考え方や伝えたいことを発表してくれたのですが、それぞれのその在り方に、とても感銘を受けました。ある受講生さんは、このようなことを話してくれました。
日常を丁寧に生きた先に、大いなる世界が広がっていた(あった)
正確な言葉は覚えていませんが、そう話してくれました。
丁寧に日々を生きていたら、その先に、大いなる世界(スピリチャルな世界)があることを感じたのだと思います。彼女の存在感に、それが現れています。
特別なことではなく、切り離されたものではなく、地続きのようなものだと私は思います。
現実が辛くて、スピリチャルという特別でスゴイ感じのする何かに逃げる時があってもいい。
でも、ずっとそこに逃げても、地続きなの。
祈りは、美しい。
祈ればいいけれど、それが呪いにならないように。
大切なことを「めんどくさい」と後回しにしてしまうと、望むことは
どんどん遠ざかるから。
スピリチャルは、感謝そのものだとも思えます。
感謝することがスピリチャルではなく、その瞬間が感謝になるような。
その中で感謝できないことを受け容れることも、NO!と言うことも、とてもスピリチャル。
日常を丁寧に生きて、その生きている姿が、その人生そのものが感謝や祈りになるように、と思います。