怒りについて話そう

怒りについて話そう。

怒りは、動的エネルギー。怒りを感じるときは、本来動くべき方向へ動かず、留まっている、もしくは、方向が間違っている時に生まれる。
きっかけは、通常、自分以外からやってくるかに見えるがそうではない。
自分がうごくべき方向へ動的エネルギーを使い生きているときは怒りは生まれない。怒りを感じたときこそ、自分はどこへ向かいたくて、何のために留まっているのか問うとよい。きっかけは、何であっても。
誰かを、もしくは、何かを守っているために、留まる、または、方向性がズレるのだ。
それゆえ、フラストレーションがたまる。
たまるは地球固有の思考から生まれたエネルギーだ。

怒りは、渦を巻いていき、周囲のエネルギーを巻き込み、様々な破壊をも可能とする。
破壊すべきは、自分の凝り固まった思考、守らねばならない、という想いである。
守らねばが、保たなければに変わるともはや目的さえ見失う。

 

そもそも、守られているのだから。

自分の向かうべき方へ進んでいく。

それが聖なる創造である。

 

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